そして春を刻む





「えっと・・・こんにちは」

 色とりどりの花々が、遙か地平線まで咲き乱れるとある場所で、私は一組の探検隊―エネコとヒトカゲ―に出会った。

「・・・キミがシェイミかな?」

 そう聞くヒトカゲの声が自信なさげなのは、たぶん私が黙っていたからだろう。

 突然やってきた彼らにいくつか疑問がわいたが、私はまずこう言った。

「ええ。私がシェイミなのです。ひとつ聞かせてください。どうやって、ここまで来たのです?」

「え、どうやってって・・・。えっと普通に」

「普通に来れるわけ無いのです。そもそもここは秘密の場所です。誰かに聞かない限り存在すら知らないはずですが」

「あぁ、そういうことか」

 ヒトカゲはやっと質問の意味が飲み込めたというように頷いた。そして隣のエネコをちらりと見たが、エネコは何も説明する気がないらしいとわかると、困ったように言った。

「ええと・・・ボクらは、親方にこの場所を聞いて・・・ここでなら見つかるとか言うからさ。うーん・・・なんていうか・・・そのね、ボクらは」



 

「春を探しに来たんだ」



 

「春を、探しに?」

私が聞くとヒトカゲはますます困った顔になった。

「うん・・・。あのね、今年はなんだかいつまでも肌寒くって暖かくならないでしょ。それでみんなが心配してるんだ。春が来ないんじゃないかって」

そこまで言ってヒトカゲは不安げに、ちらりと私の顔を見た。私が頷いて続きを促すと、いくぶんほっとした表情になり、また話し出した。

「知ってるかな、前に時が止まるっていう事件があったでしょ。みんなそれを思い出して不安になってるんだ。それで親方がね、ボクたちに頼んだんだよ、春を探してくるようにって」

「つまり、あなた方の親方さんがこの場所を教え、春を探してくるように言ったんですね」

「うん。あ、言い忘れたけどボクたちは探検隊で、名前は」

「言わなくていいのです」

「へ?」

「わかりました。納得したのです。あなたたちが何者なのかも、あなたたちの親方が何者なのかも、です」

 私がそう言うと二匹は不思議そうな顔をした。実際彼らは有名なのだ。こちら側でも。

「へぇ・・・まぁいいや。ねえシェイミ。春はどこにあるの?キミなら知ってるって親方に言われたんだけど」

「・・・確かに私は知ってるのです。けれど、春を探して見つけたその後はどうするのです?」

「え・・・」

どうやら予想外の質問だったらしい。たぶん彼らはほとんど情報を与えられずにここまで来たのだろう。おそらく彼らの親方に「まぁ行けば分かるよ♪」とか言われたのだろう。彼は無駄な説明をしないどころか必要な説明も省くのだから。

「見つけたらどうするかぁ・・・全然考えてなかったよ。どうなんだろ、ありましたって言えばいいのかな。持って帰るわけにもいかないよね」

 ヒトカゲはすっかり頭を抱えてしまった。隣のエネコも僅かに首を傾げなにやら考え込んでいるようだ。

 私もどう声を掛けていいか考えていると、突然ヒトカゲが顔を上げた。

「あ、そうだ」

「・・・どうしたのです?」

「探してくるってことはさ、まだ春は来てないってことだよね」

「まぁそういうことになるのです」

「だったら、早く春が来るように頼むとか、そういうことをすればいいんじゃないかな」

それは確かに名案かも知れなかった。そうすれば彼らの抱えている不安は解消されるのだろう。

けれど、私は言った。

「それはできないのです。もしそういうつもりで来たのなら、それは無駄なことなのです」

 我ながらもっと他の言い方はなかったのだろうかと思った。案の定、彼らは落胆の表情を浮かべている。

「・・・そっか。うん、ごめんね」

「あ、いえ」

 謝られてしまった。なんだか自分の口下手を呪いたくなる。こんな所にずっとひとりでいるのだから仕方ないと言えば仕方ないけれど。

 気がつくと私は彼らに声を掛けていた。

「・・・でも春を見つけることだけならできるかも知れないのです。

ついてきてほしいのです」




 彼らを先導して歩くことしばし。私は足を止めて彼らに言った。

「ここなのです」

「・・・これ、花時計・・・?」

 一面の花に隠れるように、守られるように存在する、花時計。

 私は彼らに、これを見せたかった。

「なんだか変わった花時計だね。針が3本あるけれど・・・秒針ではなさそうだし。ねぇ、花壇が4つに区切ってあるのは何か意味があるの?」

ヒトカゲの言うように、これは普通の花時計とはだいぶ異なる。花壇は4つに区切られ、よく見れば花が咲いている部分は1区画しかなく、他は全て蕾だということに気付くだろう。針は時刻を示す2本ともう1本の、計3本存在し、その針がこの花時計の要と言っていい。

「これは普通の花時計ではないのです」

「?」

「これは、季節を司る花時計なのです」

「季節を、司る?」

「そうなのです。1区画だけ花が咲いているのはおわかりですか?」

「うん。3本目の針が示してる所だね。あ、まさか」

私は頷いた。

「そうです。3本目の針が示すのは、季節。咲いている1区画は”冬”の花壇なのです」

「なるほどね」

ヒトカゲが納得したように頷き、言った。

「さっきキミが無駄って言った意味がわかったよ。時計の針を早めても、時間は早くならない。季節も一緒だよね」

完全に季節と連動しているこの時計に限って言えばそんなことも無いのだけれど。

「まぁそういうことです」

私はそう言っておいた。

しばらく皆黙って花時計をみていたが、

「・・・ねぇシェイミ、ひとつ聞いてもいい?」

ヒトカゲがそっと言った。

「なんなのです?」

「これは”季節を司る花時計”だって言ったよね?」

「言ったのです」

「だったら、変じゃないかな。時計ってさ、正確に時を刻んでいくものでしょ。去年の今頃はもうすっかり暖かかったんだから、時計は春を示してなきゃおかしいような気がするんだけど」

当然といえば当然の疑問だろう。

時計は正確に、精密に、時を刻む。

けれど、

「変ではないのです、この時計は正確です」

「でも」

「時は正確で、精密で、厳格だ。でも、一定ではない」

そう答えたのは私ではなかった。

私とヒトカゲは驚いて声の主ーエネコを見た。

「今日の一時間と明日の一時間は違う。長さも早さも密度も、全て。たぶんそういうことだ、この時計も」

「今日初めて喋ったね・・・じゃなくて。どういうこと?よくわからないよ」

ヒトカゲはまだ疑問顔だったが、エネコはそれ以上何か言う気はないらしい。

 ここから先は私が説明する番ということだろうか。

「えっとですね、」

「なぁに、シェイミ」

「時は一定ではないのですよ。同じ日が二度とやってくることが無いように、同じ季節は二度とやってこないのです。もちろん春夏秋冬は巡ります。けれど、」

「去年の春と今年の春は違うってこと?」

「そうです。今日のあなたと明日のあなたが違うように。

同じ事なんです、季節も」

ヒトカゲはわかったようなわからないような複雑な表情を浮かべたが、やがて頷いた。

「毎日が繰り返さないのと同じで、季節も毎年ちょっとずつ違うってことなんだね?だから針は一定の速度で進まない。早かったり遅かったりするけれど、問題ないってことなんだね?」

どうやらわかってくれたようだ。だいぶ大雑把ではあるけれど。

「そういうことなのです」

「で、春はいつ来るの?」

 私は少し返答に困った。

「具体的なことはわからないですが、もうすぐです」

「・・・・・・曖昧だね」

針の速度がわからない以上、返事は曖昧にならざるをえない。私はこの花時計を見守るだけの存在であって、時の神や空間の神のように支配しているわけではないのだから。

「花時計の針を見てください。確かに今は”冬”を指していますが、もう少しで”春”になりそうでしょう?」

「・・・うーん、まぁね。55分ってとこだよね

「だから、もうすぐです」

それ以上のことははっきりしない。でもほんの僅かであっても今、確かに針は進んでいる。

「いつになるかはわかりません。でも必ず春は来るのです。だって、」

「終わらない冬は無いから」

私の台詞を引き継いだのはエネコだった。内心驚きつつも私は頷く。

 するとエネコは満足そうな表情を浮かべてきびすを返した。

「世話になった。帰るぞ」

「え、でも親方とかみんなには何て言うのさ」

「ありのままに話せばいいんだよ。待っていれば必ず春が来るって。大丈夫」

エネコはほんの少しだけ微笑んだ。

「明けない夜は無かったんだから」




 そうして彼らはここを後にした。

 もう、あたりはすっかり夜になってしまっている。

 久しぶりに、思いがけず楽しい時を過ごせた気がする。こういう時間はあっと言う間に過ぎてしまう。要は密度の問題なのだろう。

 ふと、彼らの親方はどういうつもりで今回の依頼をしたのだろうか、と考えた。深謀遠慮があったのかもしれないし、何も考えてないのかもしれない。まぁそこは妖精のような彼だから、考えても仕方がないけれど。

「明けない夜は無かった、か」 

彼らだから言える台詞だろう。どんな夜も、いつか必ず朝は来る。

そしてそれは、季節にとっても同じことで。

「焦る必要なんか、どこにも無いのです。だって、どんな冬の後でも次に訪れるのは必ず春なのですから、ね」

私は花時計を見て、それからそっと微笑んだ。




かちり。

三本の針がぴたりと重なって。

明日が今日になった音がして。

二本の針はそれぞれの速度で新たな今日を刻み出す。

残された最後の針も微かに進んで。




そして、春を刻む。




 





 
こんな場所がポケダン界にあったらいいなというifものでした。

ここじゃないどこかで既に発表済みだったり。
ティコとアポロのお話でした。

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